私だけが知っていればいい地獄

 まだ暗い、けれど朝と呼ばれる時間は静かに過ごせて好い。雨粒の弾ける音がする。鼻の奥を抜ける薄荷のにおい 。ひみつきち。積み本の中から引き抜いた一冊。ページをめくるゆびさきには淡い色。すきないろ。またたいて、きれい。

 恋はするものじゃなくて落ちるものなのだときいた。知っている。私は恋に落ちたことはない、――気がする。
 人の気配のない世界、きっとまだ皆んなねむっている。私も眠ってよかったけれど、目を瞑るとまぶたのうらでちかちか、光が爆ぜる。うっとうしくて目を開ける。蛍光灯。あかり。光。むかしすんでいた街のことを思いだして、すぐに忘れる。過去の私には戻らない。

 誰でもない誰かに憧れて、何でもない何かにひたすら焦がれて、生きてゆくのに疲れた、感がある。
 私は私でありたいし、私は、私にしかなれない。そんなことに気づく午前3時、学びと気づきはたいせつだね、ありがと、もういいかな。

 目のまえにあるものを慈しむことしかできない、それしかできない、それを精いっぱいやろうと思った。死ぬことより生きることのほうがらくな気がする。私は怠惰だかららくな道を選びがちだ、でも今のこれは、きっとまちがいではない気がする。

 海を見にゆきたい、人のいない海が好い。べつにいてもよいけれど。身投げしたくなるほどの静かな海で、波打ち際で水とあそびたい。

 夏が始まり、夏が終わってゆく。季節のうつろうたびに心臓が痛む。これをあと何回もくりかえす。いつかきっと心がしぬまで。