みどり

 夜明けまえの覚醒が連れてきた心細さを、珈琲でもって咽に流しこむ。体の不具合さはあいかわらずで、布団を被ったていで額のまん中あたりはかすかに痛むよう。手持ち無沙汰にスマホを開いて鮮やかな世界を指でなぞれど、液晶に浮かび上がったキャラクタが右へ左へ、そのさまは可愛らしいけれどどこか居心地の悪そうな気配さえかんじる。
 私はフィクションの世界を愛しているからキャラクタにはなんの罪もなく、私は私の頼りなさに心底まいってしまっているだけでそれがかれらに飛び火するのはあまりにもかわいそうというものだ。画面を閉じて文庫本を開き文字に目を落とす。本はあたまの余白を埋めてくれるから良いものだな、ということをつくづくと思うきょうこの頃です。
 本を手作りしてみたいという欲がずい分むかしからあるのだけれど、欲求がかたちになったことは過去に一度しかなく、不完全な燻りを絶えず心の奥に忍ばせたまま年月ばかりが経っていた。誰かに何かを届けたい、という思いより、ただ私が私を満たすために必要なのはそれその一点、しかないように思う。いづれ何かが何かしらのかたちになればよいと思いつつ、パソコンを睨みつづける毎日です。

 川上未映子新訳の樋口一葉たけくらべ』がとてもよかった。身の切れるほどの哀切が手のひらからしみじみ伝い、美登利が正太に投げつけた言葉のぜんぶが痛く、ひどくくるしい。人はなぜ大人になるの、わたしはわたしの内側で、ずうっと遊んでいたいのに。ふいに川上未映子『乳と卵』の緑子が、美登利と重なりハッとする。久しぶりに『乳と卵』を開いてみたらば、美登利とおなじくして女となることへの拒絶としんどみに震えている緑子の姿があって、ああ、なるほど、とみょうに納得のいったそんな思い。