夏が溶けゆく

 歪んでいく球形、生活のかたちをおしとどめるために、冷蔵庫で萎びていた豆苗を捨てた。いつ買ったのだかわからないえのきだけも。食べることのできなかった食材を生ごみとして破棄するのは、かろうじて保っている人間の姿を削っていっているようで、不快感がある。けれどもいつまでも置いておくわけにはいかないから、きょうは可燃ごみの日でもあるし、すこしの逡巡ののち、袋に押しこんだ。
 煙草の吸い殻、塵紙、メモ帳の切れ端、などの生活のかけらといっしょに、それらは半透明の袋の中ですぐに息絶える。
 おもてに出ると、風はつよく、それは涼やかですでに秋の気配がした。盆が終わり、季節は移ろっていく。夏が瞬く間に終わったことを知る。
 あんなに暑かったのに、平然と冷えてゆく空気がせつなかった。

 季節を惜しむ程度の感度が、未だあることに安堵する。この夏、やりたかったことのほとんどができなかったことを悔やんだりして、それでもつぎに来る季節にわずかに期待をして。
 流れていく、過ぎ去っていく。歪んでいく球形、生活のかたち。濁ったまなざしでごみ捨て場、積まれた生活のかけらたち。往来を行き来する車の音で、日常が動きだしたこと。風が掻き乱した前髪。額を掠めてちくちくと。
 墓参りに行かれなかったから、お仏壇にせめてと手を合わす。バナナ、キウイ、ほおずき。燐寸のこすれる音、ぼっ、と立ち上がるオレンジの炎。線香の匂い。もうここにはいない人たちのこと。

 空にできたいくつもの台風が、渦を巻いてこちらに近づいてきているらしいとテレビがしゃべっていた。大きな風の塊りが、夏をつれ去っていく。来年もまた何食わぬ顔して迎えるのだろう、溶ける体を持て余しながら、つめたい畳の上で大の字になる。